しあわせのカテゴリー

 オンナノコが好きだ。
 だって俺はオトコでヒトっていう動物なんだから、それはもうずーっと昔から遺伝子に組み込まれ続ける当たり前のことだと思う。俺が持っていないやわらかくて折れそうな身体とか、包みこんでくれる器官だとか、あの甘い声だとか、もう全部全部たまんない。カノジョができると、それだけで世界がぱあっと明るくなったように見える。オトコって単純で幸せな生き物よね、とすみれさんが言っていたけど、たぶんそれは間違っていない。
 ちなみにすみれさん曰く、俺は単純でバカでタラシ、らしい。失礼な。女の子は好きだけど、決して遊んでるわけじゃない。……それなのに。
「青島くんって、あと一歩が踏み出せなくていっつも振られるんだよねー」
「……どーして傷をえぐるようなことを言うかなあ」
 クリスマス四日前の一昨日、俺は二か月付き合っていた彼女にあっさり振られてしまった。理由はまあ、すみれさんの言うとおり。彼女の友達がクリスマスに挙式したとかで、遠まわしに結婚をちらつかされた。でも俺はまだそういう気にはなれなかったし、考えたこともなかったわけで。そういう態度が表にでたのかはわからないけど、次に会ったときにはもうだめだった――それが一昨日。
 失恋のショックもあるんだけど、やっぱこの時期に独り身になるのはほんと辛いもんがあるなあと思う。痴話喧嘩が発展して騒音問題だとかでなぜか警察沙汰になって、んでここでもまた見てるこっちが恥ずかしくなるようなバカらしい喧嘩を延々と繰り返すカップルだとか、彼女の違反切符を揉み消してくれと頭を下げる男とか、湾岸署のなかまでクリスマスの変なムードが充満している。いちゃいちゃいちゃいちゃ、人前ですんなとつぶやく。
「あら、青島くんだってしてたんじゃないのー。彼女といちゃいちゃ」
「してない」
「ほんとにぃ?」
「……と思う」
 手をつないだり、腕を組んだり、普通の恋人同士がすることはしていたけど、それっていちゃいちゃになんのかな。
「そういえば、室井さんとはどうなったの?別れたっけ?」
「……なんでそこに室井さんが出てくんの」
 女の子って怖い。どうしてそうピンポイントに聞かれたくないことをわざと付いてくんのかな。バカな男どもとは大違い、ってやつ?
「だって青島くん付き合ってたんでしょ」
「付き合ってない。あっちが勝手に好きなだけ。俺は女の子が好きなの」
 そう。俺はずっと言ってるように女の子が好きなのに、なぜかオトコに告白されてしまった。しかもよりにもよって相手は上司でキャリアで時々(いつも?)理解不能な室井さんだから、余計始末が悪い。
 言われたときはそりゃ驚いた。普段よりも眉間の皺3割増しの、女子供が見たら逃げだしそうな怖い顔してさ。それで愛をささやくなんてちょっとおかしくない?まあそれはともかく、俺は即答した。俺は女が好きで、いくら室井さんでも、男は好きになれません、と。
 そうしたら室井さんはわかってる、とだけ短く言って、そこ――湾岸署の喫煙室から出ていってしまった。ちょうど特捜が解散した直後だったと思う。事後処理をする室井さんはいつもの姿で、あれ以来、何の音沙汰もないし、何を言われたわけでもない。だけど、真下が言うには、室井さんは今月だけで4件の見合い(俺からしてみたらそんだけ見合いの話がくるほうがおかしいけど)を全部蹴ったらしい。勧めてきた上司のまえで、あっさりと「好きな人がいるから」と断ったというのが本店で噂になっているみたいだ。その好きな人が実は男で湾岸署の青島だ、なんて知られた日には俺たちふたりで孤島の駐在所に飛ばされちゃったりして。冗談じゃない。
「青島くんはさ、ふらふらふらふらしてるから、どっちかっていうと室井さんみたいなほうがいいんじゃないの?」
「だからさ、性格とか相性とかじゃないんだって。あのひとが男で俺が男なんだから、もうその時点で考える意味がないじゃん」
 別にそっち系が好きな人を否定するわけじゃないけど、俺はムリ。絶対無理。
 すみれさんはまだ何か言いたげだったけど、タイミングよく通報が入って、俺はこれ幸いとばかり逃げ出した。
 ……はずだった。
「あ、青島くんきみこっち」
「は?」
「本店にこれ届けてきて。ついでに運転手ほしいらしいから、向こうの指示に従って仕事してきてよ」
「なんで俺なんですか」
「だってそこにいたから」
 本店イコール室井さんというちょっといびつな方程式が俺の頭んなかに浮かんできて、ブルーになりながら溜息をついた。後ろですみれさんが腹を抱えて爆笑してる。だからいつまでも彼氏ができないんだよ。できたらできたで、俺が許さないけど。――あれ、何の話だっけ。ああ、そうだ。本店だ本店。室井さんに会いたくないなあと思いながら書類を受け取ると、部長のダメ押しが待っていた。
「室井管理官にちゃんと渡してよ」
「ええええええ」
「だって青島は室井管理官と仲良しだろ」
「なかよしぃ?」
 そんな小学生みたいな言葉でひとまとめにされても、ねえ。



 本店の廊下は嫌いだ。なんか綺麗すぎるし静かすぎるし、嫌いっていうか、苦手。新城さんあたりに会ったら面倒だからさっさと済ませたい。まあ書類を届けたら次はお偉いさんとドライブなんだけどね。
「あ、む――」
 室井さんの姿を見かけたから呼びとめようと思ったけれど、思わず息を止めた。休憩室のなか、室井さんの向かいには女の人が立っていた。顔を赤く染めて、俯き気味だ。それだけで何が起こってるかぴんときて、俺は息を殺して様子をうかがった。なんか、家政婦は見た!みたいだ。この場合は殺人じゃなくてただの出歯亀だけど。
「ずっと、好きです。――わたしと付き合ってもらえませんか」
 女のひとは、すっごく綺麗なひとだった。長くてさらさらの髪の毛が肩でひとまとめにされていて、背筋はぴんと張っている。目が大きくて、だけど派手目の顔じゃない、清楚な感じ?俺が付き合う子とはちょっと違うタイプだ。
「……すまない」
 室井さんは、ほぼ、即答していた。
「好きなひとがいるんだ」
「そう、ですか。……その方とはお付き合いしてるんですか?」
「いや。一回振られた。俺が諦められないだけなんだ」
「室井さんが好きになられるんですから、きっと素敵なひとなんですね」
 嫌味とか皮肉とかそんなんじゃなくて、彼女は泣き笑いみたいな表情で自然とそう言った。ほんと、よく出来たひとなんだなあと思う。
 そして室井さんは、そんな彼女の言葉にふっと目尻をやさしく緩めてた。そんな顔もできるんだ。なんか、変な感じだ。
「ああ」
 去っていった彼女を見送って、俺はなんとなく複雑な気分で、でも書類を渡さないとどうしようもないわけだから、そのまま室井さんに声をかけた。室井さんがばつの悪そうな顔をして、見てたのか、と聞いてきたから、なんのことっすか、ととぼけてあげた。そうじゃないと困りそうだしね、このひとは。
「……いや」
「これ、書類っす。あと俺を運転手に使いたいって言ったのは誰っすか?」
「ああ。一課の刑事だ。今湾岸署圏内で前に起きた殺人の捜査の荒い直しをさせてる。それで、地理に詳しい人間が欲しいと頼まれたんだ」
「じゃあ一課に行けばいいんすね」
「ああ。よろしく頼む」
「了解っす。それじゃ、室井さんも頑張って」
 自然に。いつものように。俺、こういうのは得意だから、なんの違和感もなかったと思う。
 それなのに。
「青島」
 なんとなく、本能が振り向くなと俺にささやいている気がしたけれど、足がその場から歩きだすことを許してくれない。困った。
「なんすかあ?」
「……おまえ、誰かと付き合ってるのか」
「まあ、それなりに」
 思わず、嘘が口から滑り落ちていて、ちょっとびっくりした。別れたばっかと言うのは悔しいような気がしたから。要するに見栄っ張りなわけだ、俺は。
「そうか」
 室井さんは静かだった。そういえば、告白されたあの日もすっごい静かだった気がする。だからどうにもできないっていうか。ストイックな姿勢とか示されたら正直引いてるだろうけど、そうじゃないから、無下にもできない。さっさと切れたほうが俺の身のためだってことはわかってるけど、それができないわけだ。ちなみに、あの約束は別だけどね。
「……に」
「へ?」
「幸せになってくれ」
 俺が言いかえす間もなく室井さんはやっぱり足早に出ていってしまって、やっぱり俺は取り残されてしまった。

 しあわせって、どうやったらなれんだよ。


 クリスマスはさんざんだった。別れ話に怒った女がコンビニに立てこもったり、独り身で寂しいからと男が某ケーキ屋のあの人形を店先から盗んだりと変な事件ばっかり起きた。俺はやっぱり独り身で、通報も一段落したから帰れるんだけど、寂しいから机のまえでうだうだとしていた。ウザいとすみれさんが吐き捨てていったけど、気にしない。
 しばらくぼーっとしていたら、不意にポケットのなかのケータイが振動した。前の彼女からメールが来て、会いたい、とあった。行くべきか迷ったけど、どうせ暇だし、それにヨリを戻せたらラッキーだな、と思ってコートを羽織った。
 予想通りっていうか、なんていうか、彼女もクリスマスにあてられて、結局人が恋しくなったんだと思う。もう一回やり直してほしいと言われて、悪い気はしなかった。頷くつもりだった。
 ――幸せになってくれ。
「青島くん?」
「あ、いや何でもない」
 なんでこんなときに、俺は室井さんの言葉なんか思い出してるんだろう。しあわせ。幸せ。シアワセ。
 俺は確かに女の子が好きだよ。ふわふわでやわらかい身体が好きだし、甘い声も、かわいらしい顔も、みんな好きだ。
 だけど、俺はそれだけだった。昔付き合ってた彼女に言われたことがある。「俊作って、女のことばかにしてるでしょう」って。そんなつもりはないけど、でも、俺は誰と付き合っても長続きしなかった。結婚とか、ぶっちゃけ一度も考えたことがない。幸せにしてあげられる自信はあるけど、それで俺は幸せになれんのかな、と思う。
「……ごめん」
 全部室井さんのせいだ。こんなくだらないこと考えんのも、彼女と一緒にいられないのも、クリスマスなのにひとりなのも、最後に叩かれたほっぺが痛いのも。



「まだカニ食えないんすか?」
「どう見たってまだ煮えてないだろ。もう少し待て。豆腐でも食ってろ」
 せっかくのクリスマスなのに、なにが悲しくて俺は男の家で鍋してんだろう、と思う。まあきりたんぽが美味いから別にいいんだけどね。これで隣に女の子でもいればいいんだけどなーとつぶやいたら、室井さんはさらっと「恩田くんでも呼ぶか」と言った。最近知ったんだけど、このひとが静かなときって大体むっとしてるか怒ってるか緊張してるかのどれかなんだよね。ちなみにこの場合はちょっと拗ねてる。意外とコドモなんだよね、室井さんも、そんで俺も。

 去年のこの日、俺は彼女と別れたその足で室井さんの家に直行した。驚く顔を無視して一通りの不満をぶちまけると、さも不思議そうに「……で、どうして俺のせいなんだ」と言いやがった。思い出すだけでちょっとむかつく。
「幸せになれ!って、どうしたらいいんですか。彼女もいないのに」
「俺に聞かないでくれ」
「だって室井さんが言ったんすよ」
 なんていうか、俺も大概ひどいっていうか、意味不明なことを求めていた気がする。今だから笑い話になるけど、このとき俺たちはお互いに必死だったわけだ。ちぐはぐでいびつで、全然噛み合わないし、ひどかった。
 俺は今でも女の子が好きだし、セックスだってしたくなる。町中で美人を見ればそっちに気が行ったりだってする。だってオトコだもん。
 でも、俺はなぜか室井さんと一緒にいるし、室井さんも俺が女好きだって知ってて、なぜか俺といる。いつの間にか絶やさなかった彼女は作んなくなって、こうやって、室井さんと過ごす時間が増えてってる。居心地が悪いわけじゃないから、余計に。

「幸せになる方法、教えてくださいよ」
 あの日、俺がそう言ってから、俺たちの関係はちょっと変わってしまった、と思う。間違いなく俺のそれが原因で、でも、なんとなく何も言わないまま時間ばっかりが過ぎていった。でも、この前改めて室井さんに告白された。なんていうか、結構しつこいよね、室井さんて。ちなみに俺はどう答えたかと言えば、簡単だ。わからない。それだけ。室井さんはいまいち納得していなかったけど、それは俺の言葉が足りなかった――ていうか、わざと言わなかった部分があったせいで、俺はもう、いろんなことを割り切ってた。もちろんそうできない部分もたくさんあるけどさ。

「室井さん、今日クリスマスっすよ」
「そうだな」
「そうだなって。んなあっさりと」
「俺は別にクリスチャンじゃない」
「んなこと言ってたら日本人のほとんどがクリスマスに関係ないじゃないですか」
 その割に前々から約束してたきりたんぽ鍋を今日に指定してきたのは室井さんだ。なんだかんだで楽しんでるんだと思う。だって俺も楽しいから、わかっちゃうんだよね。

 幸せになる方法っていうのは、意外と身近にあるものなのかもしれない。
 室井さんにほだされたみたいで癪だから、あの日は黙っていたんだけど、ね。

「好きか嫌いかはわかんないですけど」

 でも俺は、あなたといると、結構幸せかもしれません。





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メリークリスマス2008!
去年書いたおはなしがあまあまあまだったので、今年はシンプルに。でも甘い(笑)
クリスマスはキリストの誕生日だから、ふたりの関係の誕生日ってことで……。
男が男を好きになるってすっごい難しいんだろうな、と思いながら書きました。だからやおいはファンタジーなんだろうなあ(笑)
なにはともあれ、ふたりに、そしてあなたに幸せあれ!
タイトルは最近マイブームのミスチルさん「幸せのカテゴリー」より。