恋人たちのクリスマス

 ――クリスマスには何が欲しい?
 幼い頃によく聞かれたことを、この年で尋ねられるとは思ってもみなかったので、青島はついぽかんと口を開いた。目の前に立つ室井はそんな青島を見て、自分が何か失態を犯した気がしたらしい。慌てて「変なことを言った。忘れてくれ」と取り繕い、この話は終いだという風に先を歩いてく。
「え、あ、ちょっと待ってくださいよ室井さん。おかしいとか、そういうわけじゃなくて、うわっ」
 向かいから来た酔っ払いにぶつかりそうになりながら、青島は必死で前を行く黒い背中を追いかける。
「室井さーん」
 やっと半歩後まで追いついた。彼の首筋が月明りの下でも分かるくらいはっきりと赤くなっていて、もしかしたら照れてる?なんて思って、密かに笑ってしまう。
「……笑うな」
「後ろに目、あるんすか?よくわかりましたね」
「なんとなくだ」
 ようやく歩調を緩めた室井の隣に並ぶと、憮然とした顔はしていたものの、いつもの眉間の皺は見当たらない。室井の気持ちを確認するにはこれが一番手っ取り早いから、青島はついいつでも彼の眉間に目がいってしまう。
「さっきは、嬉しかったんですけど、ちょっとびっくりしちゃって……。室井さんからああいうこと、言ってもらえるとは思わなかったし」
「変か?」
「変ていうか、意外かな?あんまイベントとか執着しない感じがして……。あ、俺の勝手なイメージっすけど」
「青島は好きそうだな」
「そりゃまあ。だからいっつもお祭り男とか呼ばれちゃって。でも刑事になってからは忙しくてそれどころじゃなかったんですけどね」
 お前らしいな、と室井が苦笑する。その相槌に、青島もまた照れたように笑った。ふたりきりでいると、いつも自分ばかりが話しすぎてしまうので、青島は彼が退屈していないか心配だった。それは大抵杞憂に終わるのだけど。
「それで青島、最初の話だが」
「俺の欲しいものですか?何でもいいの?」
「ああ。俺があげられる範囲のものなら」
 その範囲がどこまでなのか。安月給の青島には全く想像がつかないが、マンションが欲しいって言えばぽんと出てきそうで怖い。まあとりあえずたかるつもりはないので大丈夫だとは思うけど。
「うーん。俺の欲しいもの、欲しいものね……」
 何だろうなぁと考える。子供のころはプレゼントをひとつに絞るのも大変だったのに、この年になると全然思い付かないから不思議だ。
「室井さんは何かないんですか?」
「俺?俺か……」
 どうやら彼にも思い当たるものがないらしい。いつものような真面目な表情に、聞いた青島のほうが悪いことをしてしまった気がする。青島は、結局プレゼントよりも室井といられればそれで満足なわけで、でもそれを口に出すのは恥ずかしいから、笑ってごまかしてしまおうと思っていた。
 しかし、室井の手が、顎の下で丸く添えられると――考えているときの癖だ――青島はなぜかそこに釘付けになった。ちょうど近くに電灯があったからか、手がはっきりと見える。闇に紛れるそのシルエットがとても綺麗で、そういえばこの間の捜査会議のときも、いつものように机に両肘をついて指を組んでいたなと思い出した。あのときも、室井に会えない日々が続いたせいか、やけにその指が綺麗に感じたんだった。
「……青島?どうかしたか」
 急に足を止めてしまった青島を、室井は怪訝そうに首を傾げながら呼ぶ。
「……えっと、その」
 言えない。まさかその手が欲しいと思った、だなんて。大体そんなものもらったって、室井の意志どおりに動かなければただのガラクタなのだ。でも、今一番魅力的なのは室井の手だ、なんて。すごい矛盾。
 青島は黙りこくった。黙ったまま、視線は知らぬ間に室井の手に向けられていたらしい。彼はそれに気づくと自分の手を持ち上げて、それと青島とを見比べた。
「あ、ああえっとその!別に室井さんの手は欲しくないですよ!いや欲しいけどそれは室井さんのものだから綺麗なわけであって。……あれ何言ってんだ俺」
「青島」
 ひとりで焦って余計なことも口にして、慌てていたら、室井が呆れたふうに溜息をふぅっとはいた。空気が白く染まって消えていく。
「青島、これで我慢してくれないか?さすがに、俺の手はやれないから」
 これ、と言って室井が差し出したのは、自らの手だった。だからと言って、青島にあげるためじゃない。
「え?あ、あの、ええ!?」
「ほら早く行くぞ。どんどん寒くなるから」
 恐る恐る青島が手を伸ばすと、室井がそれを引っ張り、指同士を絡めてしまった。手を繋いでる。しかも人がいないとはいえ公道で。しかも室井が、だ。
「……あの、室井さん、ちょっと歩くの早いよ!」
「寒いんだ」
「嘘つき。雪国生まれじゃん」
 自分がしでかした行動が恥ずかしいらしく、さっきみたいにまた首まで赤く染め、そのわりには手を絶対に離そうとしない室井。そしてそんな彼をからかいながら、一生懸命歩調を合わせ、そのうえ半分泣いている状態の青島。
 誰かに見られたらどうしよう、とか不吉なことも頭を過ぎるけど、何よりも今、この瞬間の幸せが嬉しくて、青島は結んだ指先に力をこめた。
「最高のプレゼントっすね」
「こんなんでいいのか、本当に」
「俺にはもったいないくらい。室井さんて意外に手、あったかいんですね」
「心が温かくないとからかわれたことがある。お前はやっぱり冷たいな」
「やっぱりって何ですか。……でも、それ迷信です。絶対に。俺が保証しますから」
「そうか?」
「そーなんです!」
「……青島」
「はい」


「まわり道、していこうか」


***
公道でいちゃいちゃしても許されるのがクリスマスマジック!それはおっさんにも有効なのかどうか、は知りませんけど。
かっこいいのだろうか室井さんは。微妙な線だ。青島くんは本当に浮き沈み激しいですね!(お前が言うな)
タイトルは室井さんの中のひと主演のドラマ主題歌より。いつか見たい!