恋がしたい恋がしたい!

 青島くん食べないならちょうだいと、最後に残しておいたカニを盗られそうになって、絶対だめ!と身にかじりついた。
「俺好きなもの最後にとっとく派なの」
「そんなふうに置いてあったら食べてくれって言ってるようなものじゃない。――あ、デザートお願いできますか?」
 目の前に並ぶ空皿を片付けながら、すみれはてきぱきと注文(しかもまた異常な数だ)を済ませる。青島も一部便乗した。
「……よく食えるな」
「室井さんがそんなに飲むのと同じ原理よ。それにおいしーもの食べて憂さ晴らさないとやってらんないの」
「でもすみれさん太んないよね」
「青島くん、それセクハラ」
 会話に全く加わらなかった新城が、日本酒を小さく吹き出した。さすがに哀れに思ったのか、室井が「大丈夫か」と声をかける。
「……あなたに心配されても嬉しくもない」
「なら誰なら嬉しいんすかぁ?」
「なっ、青島!貴様っ」
 口が裂けてもすみれに心配してほしいなんて彼が言えないのはわかっていたから、助け船のつもりで青島が茶化す。噛み付く新城。その横で、喧騒に巻き込まれなかったふたりは顔を見合わせた。いい大人(しかも警察官。しかも一方はキャリア)がくだらないと眉間に皺を寄せる室井と、運ばれてきたデザートをマイペースに咀嚼するすみれだ。
「ねえ室井さん。ところでよく三人で飲みに行ってるの?」
「いや……特には」
「そうよね。ありえないわよねこの問題有り気なメンバー。ていうか、ふたりっきりで飲むか。いいなああたしも恋人ほしい!」
 横で騒ぐ新城が聞いたら卒倒しそうな言葉をすみれがさらりと言ったものだから、室井は思わず酒を飲む手を止めた。
「……君なら、誰か好いてくれるひとぐらいたくさんいるんじゃないか?」
 さすがに俺の知る限りすぐそこにいる、とはさすがに口に出さないが。
 すみれは一瞬きょとんとして、それからすぐに綺麗に笑った。誰でも見惚れそうだ、と思うぐらいの表情で。
「褒め言葉として受け取っとくわ。でも出会いの場がないのよね。キャリアとお見合いはあの一件以来ヤだし。合コンで刑事だって言うとすぐふられるし」
「……もっと身近に出会いはあるかもしれないぞ」
「悪いけどあんたたちとか真下くんとかとは違うの」
「警察官が嫌なのか?」
「そういうわけじゃないけどね。とりあえず真下くんみたいなのは論外。大体身近って言うけど、刑事課なんてフリーな人間ほとんどいないわよ!」
「なら、その……たとえば新城とか」
 室井は申し訳程度にたとえばの部分を強調した。すみれの視線が移る。ちょうど青島との子供じみた喧嘩に決着がついたらしい(「室井さん新城さんがいじめる!」と青島が第三者に助けを求めていた)新城と、ばっちり目が合った。途端に動作停止する弐号機。何かあったんすか、と青島。
 長い沈黙のあと、彼女は本気で同情の色を滲ませた。
「…………新城さんて、結婚願望強いんだ?」
「は?室井さん何を吹き込んだんだあなたは!」
「いや……俺はお前のためを思って」
「逆効果だ!大体あなたは昔から空気が読めなさすぎる!」
「関係ないだろ、そんなの」
「あ、もしかして恋人がいるひとの余裕ってやつ?それで新城さんの面倒みてあげようとしてるんだ」
「いや、それは違う」
「室井さん、最近やるわよね。青島くん、気をつけたほーがいいかも」
「何に?つーか何の話!?」
 結局、混沌とした会話のなかにすみれの答えは紛れ込んでしまって、それから先は四人ともすっかり忘れてしまった。
 


 四人分の会計を支払った新城は、空を見上げる。星はひとつも見えないようなどんよりとした天気で、気分が滅入る。特に目の前のふたりが話しているのをうっかり視界に入れてしまった瞬間は最悪だ。
 室井と青島は、ただ会話をしているだけだった。でも、互いにふつうとは違う、少しだけやわらかく優しい声になっていた。室井の声色なんて自分には不自然なものに聞こえて仕方ない。
 隣の彼女はどうなんだろうと、見ていられなくなって思わず横をちらりと向くと、また目が合って、微笑まれて、情けないことに心臓が高鳴った。
「新城さん、送っていってくれる?」
「……は?」
「このふたりじゃ役にたたなさそうだから、送ってって。それともキャリアって、女の子を夜道に独り帰らせるわけ?」
 彼女を送る。送るってどこまで。もちろん自宅。ふたりきり、ふたりきりで!?
 フリーズしかけた新城の了承も得ないまま、すみれは前にいるふたりを呼ぶ。
「あたし、新城さんに送ってってもらうから。ふたりはどうぞいちゃいちゃして構わないわよ?」
「いちゃいちゃ……」
「え、マジで!?新城さん大丈夫?送り狼とかにならないでくださいね。すみれさん、何かあったらすぐ呼んでよ?」
 新城にとっては大変失礼極まりない、過保護のような言葉にすみれが面白そうに笑いながら、青島の肩をバンと叩いた。
 そのあとは、何を話したか全く記憶にない。むしろ何も話さなかった気がする。
 別れ際、すみれはありがとうございましたと頭を下げた。
「青島に私は無罪だったと言っておいてくれ」
「何それ。本気にしてんのあのこと」
 仏頂面な新城とは正反対に、すみれは苦笑していた。
「新城さん、あたしみたいなのと絶対恋愛なんかしたくないわよねえ?」
 そうしておやすみなさい、と踵を翻す彼女の腕を、新城は思わず掴んでいた。
「……違う」
「何が?」
「別に私は……君みたいな女でも、恋愛できる」
 ふぅん、と彼女は首を傾げてから、ありがとうと言った。その笑顔があまりにも綺麗で、新城は彼女の姿が見えなくなったあとも、そこからしばらく動けなかった。



*ふたりはこっそり後をつけてました。*


「……何でそこまで言って『君がいいんだ!』って言わないんだよっ」
「言ったらそれは新城じゃない気がするが……」
「甲斐性なさすぎっすよね。キャリアって何でこう、いざってときにダメなんだろ」
「キャリアは関係ないだろ」
「そうですか?……室井さんだって人のこと言えないけど」
「何か言ったか」
「いえ何も」
「そうか。――そろそろ帰るか」
「そうっすね。これ以上は進展なさそうだし」
「…………青島」
「?何すか?」
「愛してる」
「………………へっ!?」


***
室青と新→→すみ……?すみれさん大好き人間としては、彼女にも幸せになってもらいたいと思います。でも果たして新城さんで足りるのだろうか。
ちなみにすみれさんは「弐号機って変なの」と思ってます。全く恋愛感情はありません。新城さんはあれで伝わってないことを知りショックです。