ライクでもラブでもどっちでも
室井さんが好きです、と、彼は目を逸らさずに言った。
「あ、好きっていうのはですね、ラブじゃなくてライクのほうですよ!」
口調は冗談混じりなのに、いつもいたずらに緩む目元だけが真摯だった。彼の本音は解りづらいけれど、どこかに必ず答えがあるのだと最近知った。
「……知ってる」
「うわ、自信満々ですね」
「少なくとも俺は嫌いな相手と酒を飲む気もないし家に上げる趣味もないぞ」
「俺もそれぐらいは知ってますよ〜」
ならなぜあんなことを言ったんだ、とは聞けなかったし、聞かない。互いのバランスが少しでも狂ってしまえば、この関係は終わってしまう気がしたからだ。けれどそこまで考えてから、室井は自嘲気味に目の前の酒を呷る。
「あ、それ俺が狙ってた」
青島が口を尖らせてローテーブルを叩く。うるさいから止めろとたしなめて、三分の一の残りを差し出すと、彼はゆるく首を振った。それにほっとする自分が、室井は嫌いだった。
「あーでももうコタツの時期っすねえ」
「まだ暑いだろ」
「十一月ですよ?この前はさすがに暑かったけど、二か月前だし……」
そんなに時間がたったのか、と思った。そういえば、今年最後のクーラーはあの日だった。それからもう二か月。仕事が決して忙しいわけではないけれど、青島がいなければ季節を感じることもあまりない。むしろ言われて思い出すのだ。それは十五夜だったり、夏至だったりする。
「前は満月でしたっけ」
「君は団子を持ってきたな」
「そうだったかなー……。あ、そうだ署でお月見したんだ」
平和だな、と苦笑しながらも室井は知っていた。湾岸署ではそんなこと、しなかったらしい。
『やっぱりコドモよね』
それを教えてくれた彼女は、記憶の中で呆れながら微笑んでいる。それは青島のことかと尋ねたら、ふたりともよと即答された。
『口実がないと、会えないんでしょ?それって言い訳するコドモとおんなじ』
黒い大きな目が、室井を見透かすように見つめる。何かに似ていると感じた。それは青島が、自分と飲んでいる時の瞳の色に近かった。それなら青島は、自分から何かを見透かそうとしているのだろうか。
「青島」
「なんですかぁ?」
答えは出ない。勝算もない。でも、でも1パーセントの可能性にかけることを教えてくれたのはまぎれもなく、目の前のこの男だ。
『……室井さん、知ってる?』
「むろいさん?」
ローテーブルの上の手に、自分の掌を重ねてみた。青島が息をのむ。なにやってんですか、と笑おうとして、失敗していた。
『綱引きってね、どっちかが力を緩めたら、』
「青島、俺は」
黒い瞳がわずかに揺れた。そして、彼はさっきよりも強く首を振る。まるでもう室井の言いたいことを知っているようだ。青島は、室井を遮るために、必死に言葉を探しているようで、何度も唇を開いたり閉じたりしている。
『その瞬間に、縄を引くの』
身を乗り出す。ビールの空き缶が何個か床に落ちた音がしたが、室井は気にも止めない。そして、青島の唇に自分のそれをそっと重ねた。
「……君が、好きだ」
『そうすれば、自然に相手を自分のほうに引っ張れるのよ?』
にっこりと綺麗な笑顔を見せた彼女のことを信じて、室井はじっと青島のこたえを待つことにした。身体をすっと離して、重ねた掌も外そうとする。が、それは阻まれた。
「青島?」
彼の指が、 見逃しそうなくらい、ほんの少し、去っていく室井の掌を掴んでいる。
「……室井さんは、ずるい」
ずるいよ、と言って、青島が笑った。涙が一筋だけ頬を滑る様子がスローモーションのように見える。
「俺がずっと我慢してたこと、そうやって簡単にしちゃうんだもんなあ」
「簡単じゃない」
「だってフツーじゃん。俺ばっか余裕ない。……嫌なんですよこういう対等じゃないのって」
何を馬鹿なことを、と思った。口には出さず、テーブルをどかして青島の前に座る。そしてゆるく繋がったままの彼の掌を、自分の左胸へ持っていった。
「情けない話だが、俺もかなり緊張してる。わかるだろう?君がどう思ってるのか知らないが、俺だって――好きな相手の前なら緊張だってするし、一歩踏み出すのも怖い」
「……」
「俺は変か?」
「…………室井さんが、饒舌なの、慣れない。開き直ると大胆ですね」
「これ以上綱引きするのは嫌だからな」
つなひき?と首を傾げる姿がとてもいとしいと思う。青島は顔を赤くして、けれども掌はそのまま室井の心臓の音を聞いている。やがて、彼の空いた手が、同じように室井の手を心臓に誘った。そこで聞こえる音が、とても激しいものだということにひどく安堵する。
「室井さんの好きって、どっちの好き?」
声が微かに震えていたことを、知らん振りして、室井は「お前の望むほうで」と答えた。
「……サイテー。やっぱりずるいよ室井さんは」
「嫌か?」
「嫌じゃないのが嫌ですね。……俺、本当は、室井さんのこと、好きですよ」
その言葉と同時に、青島の身体を引っ張り抱き締めた。青島は抵抗しない。代わりに室井の背中に腕を回してきゅっとシャツを握る。
「それは、どっちの意味だ?」
「室井さんのお好きなほうでどうぞ。――俺的には、ラブのほうが、おすすめですけど」
そういって笑った声が、微かに震えていたから、ふたりはもっともっと強く抱き合った。
綱を引く代わりに。
***
一番最初に書いた馴れ初め。
こういうふたりもアリだと思います。