グッドモーニングコーヒー

 朝七時。テーブルの上にコーヒーやらパンやらオムレツやら、朝食を乗せてから俺は一息ついた。なんてったって、これから仁義なき戦いが始まるんだから。……ちょっと大げさすぎ?いやいや違う。マジで朝から戦争なんだってば。少なくとも、俺にとっては。

 たとえいくら普段がきっちりびしっとキメてるキャリア官僚だって、公務が終わればただのヒトだ。一倉さんはともかくあの新城さんでさえ、酒を飲むとひとが変わるんだから。ちなみに絡み酒だ。前になぜか一倉さんと新城さんとばったり出会って飲みに連れていかれたときは、室井さんとのことについて散々詮索された。詮索っていうか、あれってセクハラだよな……多分。
 それはともかく、その室井さんも他のキャリアと大差ない。ま、酒は強いし几帳面で真面目な性格はもともとのものだからそこらへんは変わらないんだけど。
 ただ、俺も室井さんと、あれこれしちゃうまで知らなかったことがあった。


「室井さーん、起きてください。朝ですよ」
 寝室にさんさんと朝の光が注いでるのに、室井さんは布団を頭までかぶって爆睡してる。ちなみに裸なのは昨夜色々いたしちゃったからで……。そんなのは別にいいんだけど。でもさ、腰とか腰とかだるいのは主に俺なのに、早起きしてメシ作って。尽くしてるよなあ、俺。
「室井さん、また遅刻しますよ」
「……あと十分」
「この前それで一時間寝過ごしたじゃないですか!いい加減にしてくださいよ」

 そう、日頃はきちっとして、酒に飲まれることもなく几帳面なこのオトコの意外な素顔。それは寝起きがものすごーーーく悪いってことだった。


 揺さぶっても引きずっても布団をひっくり返しても、室井さんはまったく目を覚まさない。なんていうか、ここまでくるともう超人だ。ひとりでいるときはちゃんと起きられるらしいけど、実は毎月一個以上、目覚ましを買い換えていることを俺は知っている。それぐらい、室井さんの寝起きはほんとうに悪い。抑圧されてる人間ってかせが外れるとやばいって話をよく聞くけど、室井さんの場合、それは寝起きにくるみたいだ。
「室井さん、おーきーろー!!」
「……うるさい」
 うるさいじゃないよ。せっかく起こしてやってんのにさ。でも、寝ぼけている相手に怒ったところで俺が疲れるだけだし、こんなので愛想を尽かすほどの付き合いでもないから、適当に受け流して、また起こす。この繰り返しだ。簡単そうに感じるかもしれないけど、実はめちゃくちゃ体力を使う。だから争いなわけ。しかも室井さんが起きるまで延々と続けなきゃならないしね。
「むーろーいーさん!」
「ん……青島?」
「起きてください。朝ですよ」
「うーん」
「や、うーんじゃなくて」
「あと五分だけ……」
「ダメです!いい加減にしないと怒りますよ?」
 室井さんは仕方なく上半身を起こして、でもまだぼーっとしながらどこか部屋の一点を見つめてる。すっごい眠そう。だけど俺は心を鬼にするしかない。
「ほら、早く服着て。メシもできてますよ」
「……青島」
「はい?」
 アイロン済みのワイシャツを手渡したら、室井さんはシャツじゃなくて俺の腕を掴んだ。痛いんですけど、この馬鹿力!
「本当に俺のこと愛してるのか」
「……はあ?」
「俺はお前のことを愛してる」
「……え、えーっと」
 わかってる。この室井さんは寝ぼけてる。素面でこういうこと言う時点でもうおかしいんだよ色々。大体次にこのひとが何を言うのかまでわかってるんだ、俺には。だって、何度この手に引っかかったか。
 なのになんでこんなに動揺してんだよ!!俺のバカ!!
「だから青島、あと五分だけ……」
 ……やっぱり。
「絶対だめー!つーか俺の手離してくださいよ何掴んだまま寝てるんですか!!」
「眠いんだ」
「そんなの俺もおんなじですよ。ほら、服着てコーヒーでも飲んでください。今度遅刻したら新城さんにネチネチネチネチ嫌味言われるって言ってたじゃないですか」
「……新城よりも布団のほうが俺は好きだ」
「そんなこと聞いてませんよ!」
「でも布団よりもお前が好きだ青島。だから寝かせてくれ……」
「…………『だから』の意味がわかりません。それにそういうことはね、起きてるときに言ってください」
 ああもう。だからやなんだよ寝ぼけてる室井さん相手にするのってさ。
 室井さんがだらだらと服を着るのを確認してから、俺は寝室からリビングに行って、熱いコーヒーをカップに注ぐ。ちょっとミルクを足せば完成だ。これを飲むと室井さんはいつものキャリア官僚になる。つまり、完璧に目が覚めるらしいのだ。
「はい室井さん。コーヒー」
「ああ……」
 ふらふらとやってきた室井さん。見てるこっちが眠くなりそうな顔が、コーヒー一杯でびしっとするのには本当に毎回びっくりする。
「おはよう、青島」
「おはようございます」
 そして、ふたりで朝を迎えるたびに、正気に戻った室井さんはすっごい申し訳ないという感じで俺を見るのだ。
「……今朝もやったか?」
「やりましたねー」
「……すまない」
「別に気にしてませんよ。そりゃちょっとは大変だけど」
 コーヒーカップをテーブルの上に置いて、室井さんは眉間に皺を寄せた。そしてそれから首を傾げる。何か考えてるときのいつもの仕草だ。
「なんでだろうな。今までここまでひどかったことなかったんだが……」
「室井さんが気づかなかっただけですよ」
「……」
「どーかしましたか?」
 トーストを口に含みながら尋ねると、室井さんはしばらく考えながら、やがて納得したように何度か頷いた。
「お前だからか」
「はい?」
「いや、多分相手がお前だからなんだろうな、と思ったんだ」
 …………このひと、今ものすごいことさらっと言ったよな。
 固まる俺の目の前で、室井さんはうまそうに朝飯を食べていた。多分、自分の言葉が俺をどんな気持ちにさせてるかなんて、一生気づかないんだろう。そして俺は、そんな室井さんの何気ない一言とか、寝ぼけて口にする本気かどうかすらわからない言葉に振り回されていくんだろう。
「とりあえず、これからはちゃんと起きてくださいよ?」
 一応釘は刺しておくけど、ま、無理は承知。
 それに、それが俺のせいだって言うなら世話してやるのも悪くないしね。


***
ほだされる青島くん。頭の悪い室井さん。
ムロイストのかたすいません。石投げないでください。
ちなみにポイントは絡み酒でセクハラ発言な新城さんです。