ハッピーバースディ、アンド、サンキュー。


 年を重ねるごとに誕生日が待ち遠しくなった、と言うと、たいていの人間は目を丸くした。それでも、毎年毎年この日だけは待ち遠しくてたまらない。どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、おめでとう、とたったひとことささやいてもらえれば、すべて吹っ飛んでしまう。
「……おめでとう、青島」
 ほら、ね。
 口には出さなかったけれど、そっと心のなかで笑った。久しぶりに会ったせいか歯止めがきかなくて未だにぎしぎし身体の隅々が音をたてている気がするし、今日は異常に事件が多くて疲れているけれど、オールオッケィ。この声と、表情と、髪に触れてくるやさしくてあたたかい掌さえあればいい。
「また一個年とっちゃいました」
「そうだな」
「もうとっくにオジサンっすね、俺たち」
 曲りなりとも、室井と出会ったときの自分はまだ若いといわれる年齢だった。二十八。無茶をやってあばれて、妙に青臭いことを言って、思い返せば若いなあと苦笑出来てしまう。こういうのを年をとった、というのだろうか。そう尋ねると、室井は少し笑った。
「おまえは今でも無茶ばかりだ」
「……そーすかね」
「ああ。おまえはおまえだ」
「室井さんも。ちっとも変わんないっすよね。相変わらず無愛想だしー、無口だし」
「悪かったな」
 ちょっと拗ねたように言うところが可愛くて、くすくすと笑ったら頭をはたかれた。もちろん、全然痛くなかったけれど。
 変わることが悪い、とは言わない。ひとは誰もが変わっていくものだし、昨日の自分と明日の自分は違うかもしれない。けれども、室井が変わらずにあの日の約束を大事に守っていてくれて、そのうえこうして隣にいてくれることが、大切で、いとおしいと思う。その気持ちをできたら全部伝えたいのだけれど、言葉にすればとたんに嘘みたいに軽くなってしまう気がして、何も言えなかった。普段、どうでもいいことは上手くしゃべれるのに、こういうときにはどうしてだか出来なくなる。情けないというよりも悔しくて、ちょっとだけ、さみしかった。
 ――俺の胸のなか、全部かっさばいて室井さんに見せられたらいいのに。
 どれくらい好きで、どれくらい嬉しくて、泣きたくて、ありがとうと言いたいのか、バロメーターみたいなもので全部表せたらいい。人間の言葉はこういうときに不便だ。100伝えたいことがあって言葉を尽くしたって、50伝わるかどうかすらわからない。セックスをすれば身体はひとつになれるのに、心はどうしたってひとつにはなれないのだ。
 たまらなくなって、室井のほうに身体を寄せた。同じリズムで動く心臓の音だけが聞こえてくる。時々、これに混ざり合えてしまえればいいのに、と思ったりもして、重傷だなと笑われた。
 でも、室井は知らないだけなのだ。誕生日おめでとうと簡単に言うけれど、こうやって日本に生まれて、出会って、警察にいて、約束をして、好きになって、そして長年一緒にいるということの確率の低さを。誕生日の重さを、彼と出会ってから青島は初めて知った。単なるイベントで片付けられるものなんかじゃないということを。
「どうした」
「室井さん、おれ」
 言葉につまった。言いたいことがあるのに、やっぱり何も口からは出てこなかった。
「……まったく」
 そんな青島を見て、室井は目元を緩めながら額にキスを送る。頬に、耳元に、くちびるに。
「おめでとう。――生まれてくれて、ありがとう」
「室井さん」
「好きだ」
 出会って十年。それでも滅多に口にしないような言葉を平然と――多少照れてはいるが――言ってのける男に目を丸くした。
「誕生日サービスっすか?」
 ちょっとだけ声がかすれたことに、室井は気づいただろうか。たぶん、気づいている。抱きしめてくる腕のちからがすこしだけ強まったから。
 ――このひと、ずっるいよなあ。ほんと。
 普段言わないくせに、こういうときに切り札として使うなんて。馬鹿正直な室井はいつだって本気で向かってくる。そこがうらやましくて、嬉しかったりもする。胸のなかの気持ちは99.9パーセントぐらいならもしかしたら伝わるのかなと思った。
「俺、すっごい安上がりかもしれない」
「は?」
「室井さんにね、おめでとうって言ってもらえるだけで全部吹っ飛んじゃいました」
 考え事も悩みも疲れも。全部吹っ飛んで残ったのは、たったひとつ伝えたい気持ちだけだった。
「ありがとうございます、室井さん」
 俺も好きですとお返しすると、知ってると素っ気なく流されてしまった。室井の目はやわらかく笑っていて、いつまでたっても勝てそうにないと思った。
「とりあえず、もう一回したいっす」
「明日仕事じゃなかったのか」
「まあ、それはそれ、これはこれ。室井さんはしたくないんすか?」
「……後悔するなよ?」
「そういうの、愚問って言うんです」
 覆いかぶさってきた男の首筋に腕を回して抱きついて、抱きしめられて、キスをする。これほど幸せなことがほかにあるだろうか。
 枕元で携帯が何回か震えていた。誰かが誕生日おめでとう、とメールをくれたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今はただ、目の前にある幸せだけを掴んで疾走したい。
「今は俺だけ見てろ」
 低く掠れた、真っ直ぐな言葉に心の奥から震えが走った。返事をする代わりに、青島はその唇をやわらかく塞ぐ。
 ――余所見なんかする暇くれないくせに。
 もっとも、そんなもったいないことする気なんて毛頭ないけれど。
「メールの代わりに、言ってください」
 切れ切れの息でつぶやく。
「何度でも言うさ」

 ハッピーバースディ、アンド、サンキュー。


***
青島くん誕生日おめでとう!!
これぞやまなしおちなしいみなし小説になってしまいました。
愛はいっぱいあるはずなのに。おかしい。
むろあお久しぶりだったので難しかったけど楽しかったです。
何はともあれおめでとう。今年も来年もずっと幸せでいてください。