No title


*お題で好評だったものを集めてみました。全て三水です。

[貴方の時間、全ての時間]


同じ時を刻み続ける時計が、不意に止まったそのときは。

君の時間が、なくなったとき。



もう1年になる、と白衣を纏った三上は煙草のフィルターを強く噛んだ。
白い、清潔な感じを漂わせる病院の屋上に一人で佇む。
左手には、黒いバンドで、シルバーの長方形の文字盤の腕時計をつけている。それを、愛しそうに眺める。
「・・・あんだよ」
かちかちと、あの日からずっと変わらない、時間。
彼が居ない時間。



Jリーガーとして、日本代表として活躍していた水野。
去年の自分の誕生日に、照れながらこの時計をくれた。
「アンタに似合いそうだった」
「過去形かよ」
「だってまだつけてないじゃん」
何だよ、素直じゃねえなと笑いながら腕時計をつけると水野は「まあまあじゃん」と笑う。久しぶりに会った、久しぶりの笑顔だった。

そして、最後の笑顔だった。


その2ヵ月後、4月に水野は交通事故に遭った。
歩道にトラックが突っ込んできて、水野は引かれた。
死ななかったのが運命的で、重症だったが水野は生きていた。
しかし、ただ、生きていた、だけ。

植物人間状態になった。

そして廻り廻って、三上は水野が入院している病院に勤務することになった。ただ、水野の知り合いだということもあり、担当になることは出来なかった。それでも忙しい時間を縫って、毎日様子を見に行っている。


いつの間にか煙草は3分の1の大きさになっていた。コンクリートに火を押し付けると、焼ける音がした。
最後に見た水野の笑顔が未だに忘れられない。
誰と付き合って、誰を抱いても何も変わらない。強く、思い出す。それだけだ。自分の中には穴が開いたような、そんな気持ちで。
それなのに時計も、空も、全てが同じなのだ。
何も変わらない。

白衣のポケットに両手を入れて、階段を下りた。
すれ違う患者に声をかけられ、会釈して通り過ぎる。
大学病院からの誘いも蹴って、ここに来た。
全ては水野のために。
だから、もう誰が居ても関係ない。
誰が自分の前に現れようが、結局水野以外には何も感じない。

開け放たれた窓から、さわさわと風が吹き込んできた。
雪が舞っている。今年最後の雪かもしれない。

『誕生日、おめでとう』



振り向くと誰も居なかった。空耳、だったのだろうか。
水野竜也、と書かれたプレートの個室の前に立った。
ドアノブに、手をかける瞬間、左手が不意に軽くなった気がした。
文字盤を見ると、3時15分だったが、20秒のところで針が止まっている。電池切れか、と溜息をついてノブを回した、


部屋の中には、無機質な電子音が響き渡っていた。



葬式は、その5日後に行われた。
かなりの人数が来た、らしい。自分は行かなかった、行けなかった。
あの時、水野の時間は止まったのだ、
自分と過ごした時間、サッカーをした時間。

水野がこの世に生きた時間は、終わった。


「・・・泣くなよ」
雪じゃない、今日は冷たい雨が降る。
この世の全てが、彼への別れを惜しんでいる気がした。
誕生日おめでとう、と。

あの時言った言葉は、きっと。

別れの言葉。


[ラストゲーム]



控え室はがらんとしていた。
一軍のメンバーが待機していた先程とは違い、静かで、そして広い空間だった。
三上は長椅子に座り、足を組んで目を瞑っていた。
すうと深呼吸し、ボールの感触を思い出す。
広く、吸い込まれそうな鮮やかな黄緑のフィールド。
白く、ぽつりと立っているゴール。
青い空に吸い込まれていくボール。
鳴り響くホイッスル。

そして、司令塔ー・・・

モノクロのユニフォームには、10と表記されている。

「−・・・最後か」
最後。



「−・・・なにやってんの?アンタ」
はっと目を開けると、そこにはジャージを着た水野が立っていた。
待ちくたびれた、とでも言うかのように呆れた顔をしている。
そのまま、自分の方に一歩一歩近づいてくた。
「・・・気負ってるワケ?三上らしくない顔してる」
「バーカ。んな訳ねえだろ」
「あ、そ。・・・なあ、三上。アンタさ10番にすっごい拘ってたじゃん」
「・・・昔の話だろ」
初めて顔を合わせた、あの日。
互いに最悪の第一印象。
「まさかあの時はアンタとこんな風に話すなんて思いもしなかった」
「そりゃあな。俺だって御免だっつーの」
いつの間にか水野は自分の隣に腰掛けていた。
三上はじっと見つめてた。整った、綺麗な顔。

まさかあの時は、水野に恋をするだなんて思いもしなかった。

「プライド、あるんだろ?俺に最後まで渡してくれなかったんだから」
長い指は三上のユニフォームを指していた、
この2年、三上は10番を守り続けた。
それは、水野が今年の4月にプロ入りした所為でもある。
高校サッカー界から撤退する。一軍に入れても、公式戦には出れない。
「10番としてのプライドを、俺に見せろよ」
勝てよ。

強引に、10番の襟首を掴んで、水野は口付ける。

それは、短かったはずなのに永遠のようにも感じられた。

やがて唇を離すと、水野はそっぽを向く。耳が赤い。
そして、静かに立ち上がった。
「水野」
乾いたドアの音に吸い込まれて消えた名前。
三上は一つ溜息をついて、立ち上がった。

廊下を歩いていくと、遅いぞ、と渋沢に声をかけられた。
「悔いのない試合にしよう」
「・・・水くせえ台詞」
歓声と、ざわめき。
張り詰めた空気。

「楽しまなきゃ、ソンだぜ?」

目を細めて、屋外に出るとものすごい歓声に包まれる。

初めての、地。
最後の、試合。

「・・・勝ってやるよ」

俺の、プライドに懸けて。


国立競技場に、ホイッスルが鳴り響いた。


[温もり]


「・・・苦い」
水野は一口飲んで、それだけ呟いた。
韓国戦の前日の夜。
試合が出来る楽しみと、司令塔としての不安があり、中々寝付けずに居た水野は、そっとベットから抜け出した。
音が鳴らないように慎重にドアを開け、自販機まで歩く。
深夜の廊下は暗く、そして凄く寒い。明日は雪が降るかもしれない。
手を温めようと、何か温かい飲み物がほしかった。
しかし、いざ自販機まで来ると、当然のごとくここは韓国だ。
ハングル文字で書かれたラベルだらけの自販機を見つめながら、水野は溜息をついた。白い息が漏れる。
多分日本と同じでこの赤いラインは温かい商品を表しているのだろう。
どれでもいい。適当にボタンを押し、商品を取った。
よかった。ホットだ。
掌に温かみを感じ、水野は安著すうとすぐさまプルタブを引いた。
そして、その中身と匂いをかいで驚いた。

・・・コーヒー

一口飲んでみると、それは紛れもないブラックだった。
眠れなくなるんだっけ、と考えて水野は飲むのを諦め、手で持ち直す。
しかし、どうしてアイツはこんなものが普通に飲めるんだろう。
いつの間にか脳裏にはブラックコーヒーを飲みながら、人のミルクティを馬鹿にする男の姿が浮かんでいて、水野は大きく首を振る。
「苦いって・・・」
馬鹿野郎。

コーヒーの匂いは、三上を連想させる。
飲んだ後の三上に抱きしめられると、コーヒーの匂いに包まれる。
水野は白い溜息をつくと、コーヒーをもう一口飲んで、残りを水道に流した。黒い液体が、温かい蒸気を出して流れていくのを飽きることなく眺め、やがてベットに戻った。

アンタを、思い出した。
 
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