別に盗み見するわけじゃなかった。ただ、通りかかったらそこにアンタがいた。
女の子と。
「盗み見なんて趣味悪いんじゃねえの」
「だからたまたまだって言ってるだろ」
ふーん、と疑いのまなざしはそれでも止むことはなかったが、水野はあえて無視をする。
本当に偶然なのだ。掃除当番だった水野はゴミを焼却炉に持っていった帰り、中庭を通りかかった。
武蔵森では男子棟と女子棟の間に巨大なフェンスがある。お互いに行き来ができないので、そこで告白をする生徒は多い。
いつもならあまり通らない場所なのだが、今日は部活に遅れそうになって、近道であるフェンスの前を通ったのだが。
そこは運悪く女子が男子に告白している真っ最中で、しかも相手はあの三上だったのだ。
さすがにまずいと思ったが、三上は気付いていないようだったので、仕方なく急ぎ足でそこを通り過ぎ、部活へと行った。
遅れてきた三上と何回か目があったのだが、何も言ってこないのでてっきり気付いてないと思った。
だが、三上はそんなに甘くはない。案の定、気付いていた。そしていま、藤代を追い出して三上は水野と向かい合わせに座っている。
「浮かれてるのかと思った」
まさか三上に限ってそんなことはあり得ないとは思ったが、冗談交じりで言ってみると、三上は嫌な顔をする。
「・・・好きでもねえやつに告られても嬉しくねえし。んなのオマエだって分かってんだろ?」
「それは、そうだけど」
三上は一瞬水野のほうをチラッと見て、それから視線を窓の外に移した。
そして、ポツリと呟く。
「たとえ何百人、何千人に好かれても、本当に好きな奴に好かれてなきゃ意味がねえんだよ・・・」
ため息が響く。どこか遠くの、愛しいものを愛でるような目で窓の外を見つめていた。
「見込みは、ないのかよ?」
さすがに無視するわけにはいかないので、それだけ聞いてみた。多分自分にできることはこれっぽっちもないんだろう。
しかし三上は視線をもう一度水野に戻すと、意外なことを口にした。
「・・・水野が協力してくれんなら成功するかもな」
「俺が?」
驚いて三上を凝視すると、いつもの嫌味な顔で笑われてしまう。騙された。
だって、アンタが、あんな顔見せるから。
「ふざけ・・・」
ふざけるな、という言葉は続かなかった。至近距離の三上と目が合って、さっき、外に向けていた顔で見つめられる。
どくん、と心臓がはねる。おかしい。だって、三上は自分をからかっているんだから。
「協力、してくれんだろ?」
有無を言わせない言葉に、思わずうなずく。
「・・・力になるか、分かんないけど」
気の利かない言葉だと自分でも思ったが、三上は何も言わずに、ただ笑っただけだった。
「んじゃあ、早速」
「え?」
唇に軽い感触がした。
それは一瞬の出来事だったが、とても長い時間のようだった。
恋愛に疎いほうだとは思うけれども、この好意がわからないほど初心ではない。けれども、信じられない。
「な、え、ななななな・・・・っ」
言葉が胸で痞えてしまってうまく出てこない。顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
からかうなよ、何でこんなことをするんだ、馬鹿にするんじゃねえ。
どれひとつまともには出てこない、役立たずな口。
しかし、三上はしれっとしている。
「協力、してくれるって言ったじゃねえか」
「だって、協力って・・・」
頭がパニックに陥っていて、三上が何を自分に求めているのか分からない。いや、分かっているけど、理解できない。
「最後まで言わねえと、分かんねぇ?」
三上の呼吸が、耳元に響く。
「・・・好きだ」
いつもより低いその声は、耳から直接脳へ、体中へ駆け抜けていく。
返す言葉がない。
本気の思いを受け取っても、何を言っていいのか分からなかった。
縋るように三上を見つめると、髪の毛をくしゃりとかき回される。
「無理強いはしねぇから、ゆっくり考えろよ」
じゃあ、オヤスミと静かに部屋を出て行った背中を見つめながら、ベットにもぐりこんで枕に顔をうずめた。
どうしよう。
「・・・バカ・・・」
今夜は、眠れない。