ラストサマー


最後の夏が終わった。
終わりはあっけなく訪れて、けれども、最高の試合だった、と水野が言い、皆涙していた。

その帰り道、水野とシゲはいろいろなことを話した。
一年の時のこと(勿論喧嘩のことは黙っていたが)、風祭のこと、チームメイトのこと、選抜のこと・・・
一通り話し終えると、水野は足を止めて、茜色に染まる空を仰いだ。その目は、寂しそうに空を見ている。
「どないしたん?」
「風祭が」
ぽつり、世界中に置き去りにされたような言葉を水野が発した。
風祭が怪我をしてから、水野は時々そういう風に名前を呼ぶ。自分を責めるように。
「カザが、どないしたん?」
「・・・行くって。手術しに。ドイツに」
そうか、とだけシゲは行って、水野が歩き出すのを待った。

本当は知っていた。シゲは、大会の一週間前に選抜のメンバーと一緒に風祭の口からそのことを聞いた。
『みんなと、シゲさんに、頼みがあるんだ』
水野が呼ばれていないことに不思議がるメンバーに、風祭が真剣な顔をして言った。
『俺?』
『うん。・・・このことは、水野君にはまだ黙っていてほしいんだ』
風祭は、自分の怪我を責めている水野のことを知っていた。
『きっと、水野君、また、自分のこと責めちゃうから。だから、大会が終わるまで、絶対に言わないで。  全部終わったら、そうしたら僕から水野君に言うから』
『わかった』


ゆっくりと水野は視線をシゲに向けた。そして悲しそうに笑って、高校でも一緒にサッカーしたかった、とだけ呟いた。
こんなに近くにいるのに、水野との距離は遠い。風祭はずるい。自分が言わせたい事を、全部水野に言わせる。
小さな水野のなかをめいっぱい占領して、まるで自分の入る隙間が無いくらいにしてしまう。
「シゲ?」
抱きしめたい。
(俺だけを見てて)
ずるいのは、自分かもしれない。風祭は怪我をして、サッカーが出来なくて辛い思いをしているのに。
けれども、どうしてもやりきれなかった。転校してきたときからずっと、水野の目には風祭しか映っていなかったのだ。
自分のほうが断然水野の期待に応えられる―そう思っても、水野は風祭を心から信頼していた。
それはシゲが水野から失った一番大きなもので、取り返しのつかないもの。一針一針縫い合わせるように作ったそれを自分は一瞬で壊し、
また風祭は一針なんてまどろっこしいペースではなく、作り上げた。
水野との誤解はすっかり解けたものの、シゲは未だに思う。壊れたものは、もう、直せないと。
「・・・俺と、サッカーするのつまらん?」
「何言って・・・」
「答えて」
真剣な目で見つめると、水野は戸惑いの色を浮かべる。風祭なら、
(お前は、即答してるんやろ?)
馬鹿な妬きもちだと思う。

やがて、水野がゆっくりと口を開いた。
「・・・なんで俺が、トレセンであんなパスを風祭に出したか分かる?」
黙って首を振る。
「あのパス、同じだよ。俺が、一年の時、お前に出したのと」
「え?」
「シゲが言ったんだろ。もっと強いパス出せって。だから出した。それをお前が綺麗に決めて」
嬉しかったよ、と水野がそっぽを向いて言う。
「・・・そういえば」
あのパスを何度も失敗する風祭を見て、自分なら絶対に決められると確信して、苛立った。
あのときと同じパスを、水野は出していた。
「つまらないなんて、思ったこと無い。桜上水に来て、一番最初にサッカーが楽しいって思ったのがあの試合だったんだよ」
もういいだろ、じゃあなと水野は一人で先を歩いていく。その腕をつかんでシゲは水野を見る。
「ほんまに?」
「嘘ついてどうすんだよ」
腕を払われて、呆然とシゲが立っていると、家寄ってくか?、と声をかけられた。
「今日は遠慮しとくわ」
「珍しいこともあるんだな。それじゃあ明日、遅刻すんなよ」
「うん」
少しずつ暗くなっていく空の色を受けて、水野のシャツが染まっている。
その背中を見つめながら、シゲは溜息を吐いた。
離れたくなくなってしまう。
(あと数ヶ月で別れなあかんのに)
いつの間に、あんなに、強くなったのか。いや、最初から強かったのか。
どっちにしても、これからきっと、知らない水野がどんどん増えていく。
「好き。大好き」
それに耐えられなくないように、今から蓄えておこう。
少しでも、離れていても自信がもてるように。


 
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