少年ハート


午後七時――・・・
ざわめきを増すファミリーレストラン。慌しくウェイターが店内を走り回っている。
それを横目に見ながら、水野は振られた話題に曖昧に笑って答える。
水野の隣には話題を盛り上げようと必死な男が二人、テーブルを挟んで女が三人。
女の目は全部水野に向けられていて、それが水野を居心地悪くしている要因の一つだ。
「悪い、俺ちょっとトイレ」
そういって席を立つとすぐ戻ってね、とすかさず声がかかる。入り口近くの席なので、意外と時間は稼げそうだ。
洗面台のまえで水野は溜息をついた。


『悪い、水野。どーしても人数が足りないんだ』
と別に仲がそんなにいいわけでもない友人に今日の放課後言われたのが事の発端だ。
合コンと聞いて水野は当然断った。しかし、放課後で他の生徒もまばらで、しかもすごく必死に頼まれてしまい、水野は渋々了解してしまったのだ。
だが、自分は今日飛び入り参加のはずなのに、相手の女の子たちはなぜか自分が来ることを知っていた。
『やっぱり実物はかっこいい〜。来てよかったぁ』
などと言われて、そのとき自分が彼女達を誘う餌だということに気づいたのだが、時、既に遅し。
もう一度溜息をついた。無人のトイレに溜息は空しく響く。いつまでもここにいるわけにもいかない。それは分かっている。
けれどもあの居心地悪い場所に戻りたくは無い――・・・水野の苦悩は続く。
入ってきた子供づれの男が水野のことを奇妙な目で見ていた。目が合ってしまって気まずくなる。
仕方なしにトイレから出て、席に戻ると嬉しそうな声。正直うんざりだ。
そのときだった。背後から呟きが聞こえたのは。
「・・・水野?」
聞きなれない、けれども過去で聞いたことのあるその声に振り返ると、気まずそうな顔をした男が一人。
女の間にどよめきが起きた。かっこいい、と。
「三上、さん・・・」
どうやら帰ろうとしていたようで、ドアの傍に立っている。そのとき、水野に一つの考えが浮かぶ。
三上には悪いが、これを逃したらもう機会は無い。絶対に。
荷物を手早く持つと、「悪い、知り合いが来てるから」と半分が嘘で半分正しいことを言って三上に帰ろう、と言う。
状況が読み込めていない三上とその他合コンメンバーが唖然とする中、水野は三上の背を押して店を出た。


「オマエさ、なんなんだよ」
「だから、謝ってるじゃないですか」
店から出ると三上は水野に抗議した。当然のことだろう。水野はすいません、とだけ言った。
まだ、あの時の誤解は全く解けていない。憎らしい、とかそういうことは思っていないが。お互いの誤解はまだ解けないままだ。
だから三上は水野にとって苦手な部類に入る人間だったりもする。きっと、合コンに無理矢理連れてこられました、なんて言ったら馬鹿にされることが目に浮かんでくる。
親しくしたいわけでもない。だから、必要最低限のことだけ話して逃げるつもりだった。
だったのだが。
「合コン?」
面子を見られてしまっては、隠すことも出来ない。女3人、男3人。仲良く食事に来ましたと言えるほど水野に友好関係は無い。
サッカー部のメンバーと外で食事したことも片手に収まる程度だ。
「・・・だったらどうするんですか」
相変わらずの仏頂面で返す。自分達の間には笑うような会話をする義理も無い。
けれども三上から返ってきたのは意外な言葉だった。
「俺も。めんどくせーよな、アレ。人を餌に使って女なんか呼ぶなっつーの」
「・・・餌?」
「そ。要は俺が来るって事前に知らせて女呼んで、俺には当日知らせるっていう」
最悪、と毒づいて、三上は後頭部で手を組んだ。驚いた。からかわれていない。状況が同じだ。
三上は水野が思っていたよりも穏やかだった。何か言われることを覚悟していただけに少し拍子抜けする。
「性格、変わりましたか?」
「あ?」
変な質問をした、と後悔するが逃げるわけにもいかずに続ける。
「・・・俺のこと、嫌いなんでしょう?」
それを聞くと三上は苦虫を噛み潰したように渋い顔をして、顔をそらす。
まだ根に持ってたのかよ、と呟いて。
三上の真意を測りかねて、水野が視線を動かすと、真剣な顔をしていた。人をからかっている、いつもの顔じゃない。
「悪かった。あの時のことは謝る」
ぽつりと言われたその言葉に、水野は少し驚いて、けれども普通の振りを装った。
真剣な顔でそんなことを言われてしまっては、何もいえない。
それからは無言で歩いた。気がつくと駅の近くに着いていた。
「じゃあな」
父親によろしくとでも言われると思っていたが、三上は何も言わなかった。
人ごみが駅に吸い込まれていく、その中に混じっていく。
「・・・別に、気にしてねえよ」
自然と口から漏れた言葉は、大衆にかき消された、はずなのに。
「そりゃどーも」
と後ろ手をひらひらと振って、三上は人ごみにまぎれていった。
帰り道、ふと、思い出す。
『俺のこと、嫌いなんでしょう?』
あの言葉の返事を、まだ貰っていない。わざとなのか、返事を返さなかった三上。
嫌いの裏には、一体何があるのか。
水野がそれに気づくのは、武蔵森に入学してからのこと――・・・


 
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