はつこいの名残


久しぶりに会ったシゲは長かった髪をばっさりと切り落としていた。
「・・・連絡ぐらいしろよ」
「せやかて俺も忙しゅうてな」
初夏、6月。珍しく爽やかなその日にシゲはいきなり水野の家に現れて、外に連れ出された。
高架下に行きたいというシゲの要望で、二人でコンクリートの道を蹴っている。
シゲと、初めて出会った場所。
そこにある、一つだけのベンチに二人で腰を下ろした。いつもなら煩いほど絡んでくるシゲが今日は静かだ。
このあたりはあまり車も通らないので、二人の吐息以外に音を出すものはなかった。静寂が二人を包む。
「・・・シ」
沈黙に耐え切れずに水野はシゲを呼ぼうとした、が、シゲのほうを向いて思わず息を呑む。
これまで一度も見たことの無いような、シゲの切なそうな、辛そうな顔。目を細めて、ここではなくどこか遠くを見つめている。
その顔が、ゆっくり水野のほうを向いた。視線と視線が絡み合う。ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに息苦しいんだろうか。
呼吸が出来なくなるぐらいに、胸が締め付けられる。そんな顔で見るな、言いたいのに、言葉が出てこない。
やがて、シゲが口を開いた。
「俺な、中学の頃やけど・・・」
視線が絡み合っているのに、シゲは自分を見ていなかった。
「たつぼんのこと、多分好きやった」
ドクン、と心臓が音を立てる。そのままどんどん早くなっていく。過去形、それは、何を意味しているのか。
好きやったよ。
何度身体をつなげても、シゲは好きだとは言ったことがなかった。
「・・・結婚するんや、俺。来月」
来月、シゲは18歳になる。
「藤村屋の跡継ぎやさかい、子、残しとかんといけへんからな」
声が、出ない。目が反らせない。
いつの間にか、シゲの全てが好きだった、なんて今更言えるはずもなく、なんであのときお互いの気持ちを確かめられなかったんだろうと後悔する。
こんな日が来るなんて、あの時の自分は考えたこともなかったけど、分かってたはずだ。
素直な気持ちから逃げていたツケが回ってくることを。
「・・・俺も、好きだったよ」
遅いよ。
どうしてもっと早く言えなかったんだ。
自然とあふれ出した涙が自分の頬を濡らして滑り落ちていく。
好きだったんじゃない。
今も好きだよ。
「さよか・・・」
静かに、シゲが呟いた。そして自分のほうに腕を伸ばしてくる。抵抗はしなかった。
温かいシゲの体温が肌に伝わってくる。痛いほど抱きしめられた。
顔が見えないのが寂しい。
シゲが水野の肩口に顔を埋めた。短いシゲの髪の毛がちくちくと頬に触れるのが切ない。

「・・・なんで駄目なんやろ・・・ッ」
シゲの、呻くような、心の底から搾り出したような低い声が聞こえる。それは呟くような小さな声だった。
「シ・・・ゲ?」
「何で俺とお前や駄目なんや・・・?」
声が震えている。見えないけれど、シゲも泣いている。
どうして、好きという感情だけじゃ駄目なんだろう。
こんなに好きなのに、どうして。人を好きになることが、何が悪いんだろう。

「このまま、二人で遠くへ行けたらええのにな・・・」
「・・・うん」
「そんで、ずっとサッカーしてて、一緒に、暮らせたらええのに」
無理なことだって、分かってる。
「そうだな・・・」
シゲの腕の力が緩んで、離れていくことが分かった。
寂しい。
どうしようもない感情が水野を支配する。離れたくない。ここにいてほしい。
「・・・シゲ」
「たつぼん」
シゲの整った顔が近づく。反射的に目を瞑ると、かさついた唇の感触がした。涙味、だ。
「しょっぱいわ」
「ばーか」
笑おうと思ったのに、失敗して、今の自分はすごくひどい顔をしてる。
もっと早くお互いが気持ちを伝えていたら、こうならなかったかもしれない。悔やんでも悔やみきれない後悔。

けれども、もう、終わったんだ。シゲも、自分も明日に向かって歩き出している。

「・・・ずっと、忘れられへんな」
シゲが呟いた。
「何を?」
「たつぼんのこと。初恋やもん、俺の」
「俺も、初恋だよ」

忘れられない恋をした。
それは苦くて、苦しくて、けれども甘くて短いものだったけれども、シゲも、自分もきっと一生忘れない。
シゲが背を向けた。ゆっくりと一歩一歩歩いていく。これから、シゲと笑っていけるように、シゲに大きく手を振ろう。


甘酸っぱい、最初で、最後の恋に決着をつけるために――・・・

 
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