甘い予感


風祭が、ドイツに行くことになった。

それを、風祭が決意を宿した目でU-15全員の前で告白した日から、水野の調子は最悪だった。


時々二人で会う喫茶店のドアが開くと、甘ったるいにおいが流れてくる。
以前水野とたまたま別の喫茶店で会い、それからよく一緒に喫茶店めぐりをしていた。
そのうちの一つ、椎名のとっておきの店、がここだ。
水野を一度ここに連れてきたら、すっかり虜になってしまったようで、休日ここに来ると水野に会う、ということもしばしばだ。
奥のテーブルに腰掛けて、アイスミルクティーを二つ頼んだ。
すぐに汗をかいたコップが運ばれてくる。透き通った、薄い茶色。水野の髪の毛の色に似ている気がする。
「調子、悪いみたいだね」
ミルクティーを飲んで幸せそうな顔をしていた水野が一気に顔色を変える。
自覚はあるんだ。
「将のことだろ、原因」
「え・・・!?」
「だって、金髪とだって一応は和解したみたいだし?それ以外に水野が悩むことなんて、将しかいないだろ」
氷とグラスがあたり、乾いた音を立てる。
「・・・ドイツ、行ってほしくないんだろ」
そう言った瞬間の辛そうにゆがんだ顔を見逃さない。すぐにもとの表情に戻る。
そうやって、いつでも隠そうとするよね。何でも。
水野は俯いたまま、搾り出すようにいいえ、と言った。
「俺は、風祭のサッカーが好きです。風祭のことも、勿論好きです」
好き、という言葉に嫉妬をしたくなる。それがたとえ、恋愛感情じゃなくても。
「・・・だから、言えない。選ぶのは、風祭本人だから、俺が口を挟むことじゃないです」
きっぱりと、はっきりと、水野はそういった。
そう、と椎名は続きを促しながらミルクティーを口に含む。甘いはずの液体が、ひどく苦い。
ずるいよ、将。
お前はこんなにも、水野のことを独り占めしてる。
「俺は、もう一回、あいつとサッカーがしたい」
その願望は、自分には絶対に叶えてやることが出来ない、届かないものだ。
「今の調子でそんなことが言えるのかよ?水野」
「・・・それは」
水野が口ごもった。図星だったのは言うまでも無い。自分でも分かっているようだ。
悔しいけれど、いつも水野の変化に一番に気づくのは風祭だった。いつも、水野を立ち直らせるのは、風祭のプレーだった。
もう、いなくなるんだよ、水野。
そうしたら、お前は誰を頼るんだよ。

一息置いて、椎名が話し始める。
「いつでも弱音吐いてる奴もウザイけど、弱音を隠して、それでチームメイトに迷惑をかける奴はもっとウザイよ」
「・・・」
水野は分かったみたいだ。それが自分自身だということに。俯いて、唇を噛み締めている。
こんな姿、風祭にはきっと見せていないだろう。彼の前では、水野は一番弱みを隠したがるから。それが全部、分かられていても。
嫉妬している。
もっと弱音を吐いて欲しい。もっと弱みを見せて欲しい。もっとそういう顔を見せて欲しい。
思いはどんどん欲深くなるばかりだ。
「・・・水野」
優しく声をかけると、肩が揺れて、恐る恐る顔をあげた。
「弱音を隠す奴だけが、強いんじゃない。もっと、チームメイトを信頼しなよ」
「椎名さん・・・」
「甘えていいよ。水野」
まさかそんな風に言われるとは思ってもみなかったようで、水野は照れたように俯く。

可愛い。

「やっぱり前言撤回。甘えていいのは俺だけ。他の奴にそういう顔見せたくないし」
ミルクティーを飲んでいた水野が勢いよく咳き込む。
「な・・・椎名さん、何言ってるんですか」
「だって水野のこと好きだし」
言葉に出せば、凄く軽くて、水野が風祭に好き、と言ったことと同じように取れそうで、失敗したと後悔したのだが、水野は呆然と、顔を赤くしながら椎名のほうを見てくる。
しばらく間を空けて、水野がしどろもどろに訊いてくる。
「・・・・・・ほ、本気なんですか?」
「何で?」
だって、と水野は言いにくそうに呟いた。
「椎名さんが、他人に『好きだ』なんて言うの、聞いたことが無いです」
驚いた。自分でも気づかなかったことを、水野は気づいていた。
考えてみれば過去に他人に好きだなんていったことがあるだろうか。ない。絶対にない。
自惚れてもいいんだろうか。
水野が、少しは自分のことを考えてくれているということを。

「・・・好きだよ。水野」

辛いことも、悲しいことも、悔しいことも、全部受け止めてあげるから。


 
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